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第66回 今日も食べては書いてます! …Vol.63 “御利益”目当ての神社仏閣巡り
ある種のパワースポットとして、出雲大社や伊勢神宮など、神社仏閣巡りが若い女性にブームと言われています。でも私たちの身近なところにも、小さいながらも深い歴史をもつ神社があります。そのパワーを今回は福田氏が身を持って立証……!? 
文/福田幸江(『味いちもんめ〜独立編』シナリオ執筆者)
大久保通りにある筑土八幡神社の入り口。
本殿行く石段の参道途中にある石造鳥居。これは享保11年(1726年)に奉納された、新宿区内最古の鳥居だとか。
境内にある太陽と月、桃の木、2匹の猿をあしらった石造庚申塔。「見ざる、聞かざる、言わざる」三猿ではなく、雌雄二猿の大変珍しく貴重なものだとか。
石段を上った左側に、金太郎、うらしまたろう、一寸法師などを作曲した田村虎蔵先生の顕彰碑があります。言文一致体唱歌の創始者として知られ、筑土八幡神社の裏手に住んでいたそう。碑の前でノラ猫ちゃんと遭遇。なんだかほっこりしてしまいました。
 当初「味」の記事を中心に…と思っていた本誌、味散歩。振り返ってみると「味」よりその他の記事が多いような…。

 毎回、担当編集さんとぐるぐる歩いてるのですが、編集さんの優しさにつけこんで、自分が興味のある所に引きずり込でしまうこともしばしば…。

 その最たるものが「神社仏閣巡り」。神楽坂を語るには歴史ある古刹、名刹は当然避けて通れない事ではあります。

 が、しかし! 私が目当てとするものは神社仏閣の歴史よりご利益! 微々たるお賽銭でその何十倍も願い事をする、さもしい人間です、私は。

 善國寺では行く度に寅の石像をなで回し、毘沙門天様御開帳と聞けば行って金運アップを願います。先だっては本誌コラムの味散歩で安養寺に行き、銭洗い弁天でお金を洗いました。味散歩では紙数の都合でご紹介できなかったのですが、安養寺の後に筑土八幡神社にも行っていました。

 筑土八幡神社は嵯峨天皇の時代(809年〜823年)に、近くに住む八幡神を信仰する老人の夢に神霊が現れ、そのお告げによって祀ったのが起源とされているそうで、古〜い歴史を誇る神社なのです。

 それで私が注目したのは元和2年(1616年)、江戸城内にあった江戸城の鎮守神、平将門を祀った田安明神が、筑土八幡神社の隣りへ移転してきたということ(移転後、築土明神となり、後の明治7年(1874年)には築土神社と改称)。

 築土神社は昭和20年(1945年)に戦災で焼失し、千代田区へ移転するまでの329年間の長きに渡って、筑土八幡神社の隣りに建っていたわけです。欲深な私が考えることといえば「平将門公のご利益」です。329年間も、ですから、ちょびっとは将門公の念が残ってるんじゃないかと…。

 平将門といえば、京都で切り落とされた首が、江戸(現在の千代田区大手町1丁目の首塚)まで飛んできたという伝説が有名です。

 死んでも故郷の関東を目指すという執念や戦で多くの勝利を収めたことから、勝負の神様、武道の神様として崇められています。

 ちなみに築土神社は昭和29年(1954年)に九段下に移転。現在、武運長久、必勝祈願のお守りといて有名な「勝守」が売られているそうです。

 そんなこんなで、筑土八幡神社付近に残っているであろう(残っていてほしい)将門公の必勝のご利益と、安養寺の銭洗い弁天様様のご利益を期待し、実は取材後、洗った千円を握りしめて勝負に出てしまいました…。

 が、しかし…、ヨコシマな願いは将門公にも弁天様にも届くハズはなく、その千円はチリと消えて無くなりました…。それで止めておけばよかったのですが、後には引けぬ我が心の弱さよ! はい、大負け。しかも千円どころかその何倍も。ダブルパンチのバチが大当たりです。

 やはり人は地道に働いてお金を得るほうがいいのだな〜と。そうじゃないと神様は味方してくれないのだな〜と…。反省!